近衛信尋書状
後水尾天皇勘返状
このえのぶひろしょじょう
ごみずのおてんのうかんべんじょう
天皇直々に返事を書き込む
江戸時代初期の公家・近衛信尋から実兄・後水尾天皇に仕える女官(にょかん)・菅式部への書状ですが、実質的には天皇へ宛てた書状です。信尋は後陽成(ごようぜい)天皇の第四皇子で、叔父・近衛信尹(のぶただ)の養嗣子(ようしし)となり、近衛家を継ぎました。書や和歌に造詣が深く、後水尾天皇とともに宮廷サロンの中心的役割を担っていました。
本状は信尋が後水尾天皇に宛てて、来たる24日の和歌御会に詠進する「夏雲」の兼題をいかに詠みこなすべきか指南を仰ぐため、いくつかの質問を投げかける内容となっています。これに対し、天皇は細字で手紙の行間に返事を書き込み、信尋の質問に一つ一つ答えています。このような往復書簡を勘返状(かんべんじょう)といいます。歌の道に執心する二人のやりとりを一度に窺える贅沢な書状です。
【江戸時代 17世紀 徳川美術館蔵】