徳川家光一字書出 徳川光義(光友)宛
寛永十年十二月廿九日
とくがわいえみついちじかきだし とくがわみつよし(みつとも)あて
尾張家2代光友は、寛永10年(1633)、9歳の時に江戸へ上り、12月29日に登城して元服の儀が行なわれ、3代将軍家光から「光」の一字(偏諱(へんき))を拝領しました。光友はこの時に光義(みつよし)と称し、寛文12年(1672)に光友と改名しました。大名にとって、将軍から一字を拝領することは至上の名誉であり、将軍から正式な跡取りであると認められたことを意味しました。徳川将軍の一字書出は幕末の15代慶喜まで行われましたが、本品は現存最古級の一字書出にあたります。
【江戸時代 寛永10年(1633)】